『二泉映月』 随想 1

2004年7月20日、
この日は新作2枚組CD『故郷情歌』の「中国編」のレコーディング最終日でした。
残すところ、あと4曲、
『遠飛的雁』、『白馬情歌』、『漁舟唱晩』、そして『二泉映月』です。
それまでの3週間ほどは、連日、レコーディングのための新曲のリハーサル練習や、
10月3日の「来日15周年記念公演」の準備作業などに追われていました。
またレコーディング開始直前の7月10日に最愛の母が他界し、
精神的にも肉体的にも大きな試練のときでもありました。
そんな流れのなかにあり、
名曲中の名曲『二泉映月』の練習と研究の時間をとることはなかなか叶わず、
気がついたときにはレコーディング日をむかえていました。

あの日、レコーディングブースに入り、
恩師、趙硯臣先生からいただいた『二泉映月』専用の二胡を手にしたときまで
のことは覚えています。
二胡演奏家としての人生、その大いなる自然の流れ、
40年の歳月にわたり求め続けてきた「程農化の二胡世界」への志など、
さまざまな思いが一気に流れ込んできて、体が一瞬ふるえました。
そして思いました。
「今は人生の大変な時期、大切な時、激しい変化の時、困難にぶつかった時、
そして、未来からの光を迎え入れる時、
こんな時こそ、元氣と明るさが大事。自然体で歌いましょう!」

かくして『二泉映月』のレコーディングが始まりました。
計25分間、わずか2回のテイクでしたが、実はその間の記憶はほとんどありません。
いま思うと、自分でも不思議な時間でした。
なんとなく覚えているのは「息」だけを頼りに演奏した、ということだけです。

その演奏は、二胡を学び始めた8歳のころから今にいたるまでに得てきた全て、
私の「二胡人生」のすべてが、
ほんのわずかな時間の中に凝縮されたものだったのだろうと思います。
真の音をもとめる心が、天と地の力を借りて、陰と陽のバランスをとりこみ、
心と体が一つになり、自然のままに弾き、歌うことができたように感じています。

中国に生まれ、激動の時代の巨大なうねりの中にあって、
広大な中国の、厚みのある、深みのある、歴史ある優れた伝統文化を吸収して育ち、
恩師、父母、兄弟、姉妹、琴友、好友に支えられ、
一歩一歩、歩んできた40年間の「二胡人生」。
その後半15年間はもう一つの故郷、日本において
多くの方々のお力添えをいただいて、切り開いてきました。
日本に来なかったら、私の二胡人生は今とはまったく違ったものになっていたと思います。
新しい道へと一歩踏み出す勇気、未来を創り、前進し続ける力、
それらはみな、日本からいただいた贈りものだったように思います。

来日してからの15年間の歳月のなかで、
日本の優れた文化、素晴らしい人々にたくさん出会ってきました。
そして、自然の美を心と体全体で吸収するための心のありようを学んできました。
日本の空気を呼吸し、日本の水を飲み、日本の料理を食べ、
日本の祭り、日本の伝統文化にふれ、
「茶」、「歌舞伎」、「雅楽」、「邦楽」、「和服」などなど、
いろいろな分野の「先生」、「琴友」、「好友」に出会い、交流を深め、
いままた新たなスタート地点に立つことができた、そんな思いで一杯です。

『二泉映月』のレコーディング、
あの時の、あの体験は何だったのかといえば、
それは私にとって、
中国と日本、二つの文化が一瞬にして結びつき、
そしておそらくは、
阿炳先師の魂が先導してくれてたどりつくことができた
新たな二胡世界、その扉を開けた瞬間だったのかもしれません。

 体溢仙丹
 心湧自然
 神韻脉通
 氣流入泉


体の奥深くからあふれ出てくる神秘的な力、それは長い年月を経て醸成されたもの
あたかも天然の湧き水のごとく、大いなる自然の流れに従って、心の中に湧き出てくる
内面と外面、心と体が、一つながりの流れとなって脈打ちはじめるとき、
大いなる氣が流れ入り、「二泉映月」に新たな息吹を感じる。

「息」にあわせて、両手を通じて、
二胡の音色となって現れ出てきた「真の音」の魂、
あの日、あの時『二泉映月』に宿った魂を
日本、中国、そして世界に向けて発信し続けていくことが、
これからの私の使命だと感じています。

2004年7月27日

程 農化

 
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